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高松高等裁判所 昭和26年(う)277号 判決 1952年8月30日

控訴人 被告人 高橋幸雄

弁護人 宮崎忠義

検察官 田中泰仁関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人宮崎忠義の控訴趣意は別紙記載の通りである。

控訴趣意第一点について。

論旨は本件については告訴の取消があつたから原審は本件公訴の提起が起訴条件を欠くものとして公訴棄却の判決をなすべきであるに拘らず不法に公訴を受理して実体判決をしたのは違法であると主張する。仍て本件記録を検討して考察するに本件の被害者鴻上弘子及びその法定代理人(父)鴻上浅吉は夫々独立して昭和二十五年二月二十四日司法警察員に対し告訴をしたものであるところ(司法警察員作成に係る鴻上弘子の第一回供述調書及び鴻上浅吉の告訴調書参照)、右鴻上浅吉は同年三月九日法定代理人としての告訴を取消したことは同人の司法警察員に対する第二回供述調書により明かであるけれども、同調書に徴するも右浅吉が弘子自身のなした告訴をも弘子の代理人として取消したものとは未だ認められない。尤も同供述調書中所論の如く「娘とも相談の上で先方のことわりを容れ云々」の供述記載が存するけれども、原審第六回公判調書中の証人鴻上浅吉、同鴻上弘子の各供述記載に徴すれば右浅吉は右告訴の取下につき娘弘子と全然相談していない事実を認めることができ、その他記録上窺える諸般の情況より判断するも原判決説示の如く弘子が父浅吉に対し自己のなした告訴の取消方を依頼し浅吉が弘子の代理人として同女のなした告訴の取消をしたものとは到底認められない。尚論旨は鴻上浅吉は弘子の法定代理人であるから同女の特別の委任を要せずして同女の告訴取消の行為をなすことができると主張するけれども、刑事訴訟法第二百四十条(代理人により告訴の取消ができる旨の規定)に所謂代理人は告訴権者の授権を必要とするものと解すべきであり法定代理人といえども本人の委任がない限り法定代理人として本人のなした告訴を取消すことはできないものと謂わなければならない。然らざれば被害者本人に告訴権を認めた趣旨を没却することとなるであろう。これを要するに原判決が判断する如く鴻上浅吉が弘子の代理人として弘子のなした告訴を取消した事実は認められないから本件公訴の提起は適法であり従て原判決に所論の如き違法は存せず、論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は原判決が本件を強姦罪と認定したのは事実誤認であると謂うのである。しかし原判決の掲げる各証拠を綜合して判断すれば原判決認定の事実即ち被告人が鴻上弘子に対し虚言を弄して同女を原判示場所(畠の中)に連込み原判示の如き言辞で同女を脅迫し且つ暴力を用いて同女を強姦した事実を充分肯認することができ原審が取調べた各証拠を仔細に検討し論旨の援用する本件犯行場所の状況、犯行後の現場の模様、被害者の衣服身体殊に局部の損傷程度、犯行直前における被告人と被害者との問答及び被害者の行動、犯行直後における被害者の動作、被害者の心理状態等を逐一考慮に容れても原審の認定が誤であるとは認められない。

即ち被害者鴻上弘子は本件受難に際し極力抵抗を試みた形迹は本件証拠上稍認め難いけれども右弘子は当時未だ満十五歳の少女(新制中学三年生)であり夜半原判示の如き場所において突然被告人より原判示の如き行動に出られ且つ石川武敏が被告人の犯行に協力していたため恐怖と羞恥の余り必死の抵抗を試みることができなかつたことは充分察せられるところであり、本件各証拠に徴するも弘子が承諾の上被告人と情交関係を結んだものとは到底見られない。論旨は仮に被害者が情交を承諾していなかつたとしても被告人は被害者が承諾したものと誤信していたと主張する。しかし原判決挙示の証拠に徴すれば被告人に本件強姦の犯意があつたことは明かであり、原審が取調べた各証拠を検討しても被告人は弘子が情交を承諾したものと信じて姦淫行為に及び強姦の犯意がなかつたものとは認められない。従つて原判決には所論の如き事実の誤認はなく論旨は採用できない。

仍て本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人宮崎忠義の控訴趣意

第一点本件は公訴棄却の判決を為すべき理由があるに拘わらず原判決は之を為さなかつたものであつて違法である。

本件強姦事件に付ては被害者の父鴻上浅吉が昭和二十五年二月二十四日司法警察員門田正則に対し告訴を為したことは同司法警察員作成に係る告訴調書(記録第一九六丁)に依り明かであり又被害者鴻上弘子の司法警察員に対する第一回供述調書中に同警察員の「君のオチンコをした人やしようとした人を懲役へ入れるか」なる問に対し同女が「はいよろしく御願します」と答えた旨の記載があり同第二回供述調書中に同警察員の「此度のことについて何か云うことはないか」なる問に対し同女が「私はあんなにされてこらへるなどと云うことはようしません処罰して下さい」と答えた旨の記載があるから被害者自らも犯人に対する処罰を求める意思を表示したことは明瞭であつて之を刑事訴訟法上の告訴と解すべきことは確定せられた法理である。然るに右鴻上浅吉の右司法警察員に対する第二回供述調書中に「処が昨夜は有志の方々や犯人の部落の青年等がやつて来ましてどうあつてもこらへて呉れと今朝方の三時頃迄話込まれた結果娘にも相談の上で先方のことわりを入れて警察へも御断りが出来るかどうか御問してみると云うことにしたのであります。どうかいろいろ御手数をかけましたが何卒告訴を取下げて下さい」なる記載がある(記録第一九七丁)点より見れば右鴻上浅吉が右司法警察員に対して自己並に娘弘子の為した告訴を一括して取下げるべき意思を明瞭に表示したことは疑の余地がない。而して此の場合鴻上浅吉が未成年者たる娘弘子の法定代理人であることは一件記録に徴し明瞭であるから何等委任状を要せずして娘弘子を代理し同女の告訴を取下げる行為を為し得べきことは当然である。又右鴻上浅吉の告訴は昭和二十五年二月二十四日(犯行の翌朝)為され、告訴と目される被害者弘子の意思表示は同日及同年三月二日の二回に亘つて為されたことも前記各調書に依り明かであるが其の後同年三月九日に至り右の通り鴻上浅告が告訴取消の意思表示を為したものであるから時間的経過の点から云うも一旦為された告訴が爾後取消されたことは明瞭であると云うことが出来る。

然るに検察官は其の後同年三月十五日附被害者鴻上弘子の松山地方検察庁西条支部宛告訴を受理し之に基き本件公訴を提起したものであることは一件記録上明であるが鴻上弘子は前述の通り一旦告訴を為し之を取消したものであるから再度同女の為した告訴は無効と云う外なく従つて原審は本件公訴の提起が起訴条件を欠くものとして公訴棄却の判決を為すべきであつたにも拘わらず之を為さず有罪の判決を為したものであるから破棄を免れないものと信ずる。

第二点本件は無罪であるに拘わらず原審判決は事実を誤認し有罪の判決を為したものである。

原審の犯行現場の検証調書に依れば同所は視界の開けた畑の一隅にあり近傍に人家も存在して被害者に其の意思さえあれば直に加害者の支配を脱し得べく又大声にて救援を求めるならば近傍の居住者或は通行人の救助を期待し得べき状況に在るから強姦の行われるに適しない場所である。又犯行直後為された司法警察員門田正則の実況見分調書の記載内容を検討すれば犯行直後現場には何等狼籍の跡がなかつたことが明に認められる。以上の二個の事実に依つて大体次の推定が生する。即現場は何時でも他人を呼ぶことも可能であり又畑を横切つて人家へ走ることも可能の場所であるから脅迫に依る強姦罪の遂行には最も不適当の場所であり次に犯行直後現場に加害者と被害者とが争うた痕跡がないことは暴行に依る強姦の成立を否認する有力な状況証拠である。且又被害者の衣服下着類等に何等の損傷なく又被害者の身体に擦過傷一つ存しないことも一件記録に徴し明かであつて斯る事実も本件犯行を否定する材料たり得ると信ずるものである、特に被害者の性器、毛髪或は皮膚の擦過損傷等の存することは強姦罪の殆んど例外なき徴候であるが本件にはそれが存しない。被害者は最初より一貫して被告人が伝言があるからと云うのでだまされて現場へ連行された旨供述して居るのであるが、其の連行される前後に於ける被告人と被害者との応酬した言葉の中には不可解なものがあり寧ろ被害者がだまされて居る事実を承知の上で被告人に追随したのではないかと疑うに足る事実がある。即ち被害者は其の際被告人より伝言があるが聴いて呉れるかと云われたことに対し「きけることならきいて上げる」と答えて居るのであつて被害者は原審に於て証人として取調べられるに当り「伝言を聴いて呉れるか」と云うのに対し「きけることならきいて上げる」などと云うのはおかしいではないかと追究され黙して答えなかつた(記録八七丁裏)。此の答は斯る場合極めて色気ある態度を表明したものと解して差支えないと思われる。又被害者に対する各供述調書の内容を検討して見ても被害者は当時局部及び衣服等の後仕末も極めて冷静に行つて居り且脱いであつた履物を探して之をはき帰り始めたことも明に認め得るのであるが、強姦の被害者はよろしく裸足で走るべきであつて履物を探し帰り支度を調べるなど逢曳の場合に為すべきことである。而して被告人は取調の頭初より強姦にあらず合意の情交なりと供述し、前後の模様及び情交の瞬間の状況を一一供述して居るのである。警察の供述調書中に犯行を自認したるが如き記載あるのは取調に当つた警察官が云わぬことを書いて捺印せよと云うので之を拒絶したところ後でお前の云う通りに直してやるから一応捺印して置けと云うので捺印したと述べて居り被告人の供述は其の具体的内容に鑑み虚偽の供述と云うことは出来ないと思う。

本件は被告人は終始犯行を否認し、状況も亦之に照応するものであるが被害者は寧ろ誇張的に脅迫に依る強姦なりと供述して居る。が然し強姦事件として警察に於て捜査を開始し世間に知れ亘つた以上未婚の娘としては斯く強調する以外に方法がないことは自明の事実であつて此点よりして被害者の供述は他の場合の犯罪の被害者のそれと異なり信憑性に乏しいものと云わねばねらぬ。叙上の理由に依り本件は犯罪の証明なきものとして無罪の言渡を為すべきものであるに拘わらず原審判決は事実を誤認し有罪の認定を為したものであるから破棄を免れないものと思料する。仮りに百歩を譲つて以上の主張が全部認容せられないと仮定しても被告人が犯行当時被害者の態度よりして被害者が承諾せるものと誤解し本件犯行に出でたものと認めるに足るものがある。即ち警察、検察庁に於ける被告人の各供述調書の記載内容及び原審公判に於ける被告人の供述等を綜合し且之に照応する情況の存在することを併せ考察すれば少くとも被告人に強姦の犯意のなかつたことは認定出来るものと確信する。

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